米大学日本校、秋田・新潟の2校健闘 就職率も90%超える
1995/11/22
米大学日本校のブームは去ったが、自治体誘致で開校したもののうち新潟、秋田の二校だけは、卒業生の就職が順調で、学生数の確保にも好転のきざしが見え始めた。
日本進出に関心を示した米国の大学は、最盛期には百校を超えたといわれる。五年前には、日本校の教育水準の維持をめざして二十校が加盟する在日米国大学協会(AACUJ)も結成され、米大学の活発な動きは注目を集めた。
だが、貸しビルや仮校舎での開校で学生募集が見込み違いだったり、誘致した自治体の地元に反対派があって支援にブレーキがかかったりして、閉校・撤退する例が相次ぎ、現在では協会加盟校はわずか八つ、事務局も機能しなくなってしまった。
福島県郡山市のテキサスA&M大学郡山校は、昨年夏、開校後四年余りで閉校。大阪府岸和田市の米国国際大は四年前撤退したが、父母から訴訟が起きた。
京都府亀岡市のオクラホマ州立大京都校は、学生数の減少から、京都での教育プログラムを一時中止し、現在、英会話やコンピューター教室を開いている。同校では一期生十五人が今春卒業、いまアメリカ本校の英語集中課程に五十人の学生を送っているが、ここも市の財政支援をめぐり住民訴訟が起きた。
その中で、議会や住民とのトラブルがなく、危機感を抱きながらも運営を続けているのが、南イリノイ大新潟校(新潟県中条町)とミネソタ州立大機構秋田校(秋田県雄和町)だ。
南イリノイ大新潟校は八八年四月の開校。これまでに千四百七十八人が入学、今年夏学期までに五百二十四人が本校に進み、すでに二百六十六人が卒業した。専攻は国際関係、代筆・ライティング、経営、マーケティングから理工系、芸術系まで多種多様だ。
ミネソタ州立大秋田校は九〇年の開校。これまでに八百二十一人が入学。二百二十六人が進学し、二十一人が卒業している。
両校の設立母体は学校法人の認可を取り、専修学校と同じ扱いだが、日本の大学の学歴にならないため就職が心配されていた。しかし、ともに就職率は九〇%を超え、超氷河期にしては順調な成績を上げている。
南イリノイ大の場合、就職先は日立製作所、丸紅アメリカ、三菱商事シカゴ、ウシオ電機、名古屋三越、日本旅行をはじめメーカー、サービス業、金融機関など各分野にわたっている。
ミネソタ州立大の場合は、卒業生二十一人のうち大学院進学が十一人。残る十人のうち九人が就職した。秋田県庁、秋田銀行、ジャスコ本社、ノースウエスト航空が含まれている。
大木一雄氏によると、南イリノイ大からも、公務員合格者がおり、新潟県庁、群馬県警など、高い英語能力と国際感覚が評価されているようだ。
同校では、本校に就職指導センターを設け、年一回職員を派遣して相談に当たってきた。事務局長は「自立心とたくましさを感じる。英語の能力で最も低いクラスからスタートしたのに、たちまち成績を上げ、生物学の大学院へ進んだ者もいる」と、進学者の成長ぶりを語っている。
とはいえ減少傾向の学生の確保は大きな課題。新潟校は昨年の入学者八十五人が底。今年は百二十九人と上向いた。秋田校は九三年に九十一人まで減ったが、昨年は百三十八人と好転、今年は百七人だった。
来年の募集をめざした説明会の感触も悪くなく、秋田校では高校卒業予定者の面接が昨年以上の出足だ。 新潟校の学校法人の元副理事長は「多くの日本校の中で本物だけが残った」と語り、秋田校のジョン・ノリス学長は「実際にここの施設を見てもらうと、安心して応募してくれるようだ」という。
ここまで両校を支援してきた町の大きな財政負担、県の補助を無駄にはできない。事務局長は「国際人の育成という町長の施策を行政が進めてきた。企業が同じ土俵に乗せてくれるかどうか、考え方の変化に期待したい」と語った。米大学がどこまで根づくのか、さらに見守りたい。