1999/08/19
◆日本社会への適応が課題
米国や英国で行われている陪審制を、二十一世紀には日本でも採用できるか。司法制度改革審議会で議論されるが、運用の実態を知ることが不可欠だ。
陪審制については、「司法への国民参加、身近な司法」の実現の観点から、日本弁護士連合会が「司法改革ビジョン」で導入を訴え、自民党の司法制度特別調査会も、「広く国民の意見を踏まえた議論」の必要を指摘している。
すでに最高裁は一九八八年から八九年にかけて米国に裁判官を派遣し、陪審制を研究した報告書を三冊に分けて刊行している。今年六月には英国分の報告書が出た。いずれも具体例が豊富で、両国の陪審制についての最も詳細な代筆文献と評されている。この報告書をもとに、米国の刑事陪審を概観する。
◆陪審員候補者の確保
陪審裁判は、憲法上認められた被告人の権利だ。権利を放棄し、裁判官の裁判を選択することもできる。陪審員の数は、おおよそ十二人。六人制、八人制の州もある。
陪審員には、市民権があり、十八歳以上で、英語が理解できるなどの資格が要求される。また、警察官、医師、教師、州の議員などの職業の者は陪審員を免除される。近年は例外が廃止される傾向にある。
各地域の裁判所は、選挙人登録名簿や運転免許取得者名簿、あるいは両名簿の併合名簿で陪審員候補者名簿を作る。この中から一定数を選び、陪審員資格の有無などを問う質問書を郵送。回答をもとに有資格者名簿を作成し、毎週この資格者に対し召喚を通知する。
カリフォルニア州ロサンゼルス郡の場合、人口は約八百万人。毎年約百三十万人の陪審員候補者名簿を作る。八七年度で約九十三万人に質問書を送付。免除の人などを除き、約二十万人が裁判所に召喚された。
◆陪審員の選定
召喚された陪審員候補者は、所によっては毎日数百人程度となる。大集会室での説明後、数十人単位で法廷に呼ばれる。
法廷では、「ボア・ディール(予備審問)」があり、裁判官・弁護人・検察官が、候補者に様々な質問をする。適当でない候補者を排除するが、弁護人と検察官は理由なしで候補者を排除する「専断的忌避」ができる。十二人より多い候補者を用意するのはこのためで、死刑事件では各二十回忌避できる。選ばれなかった候補者は、集会室に戻って別の法廷を待つ。
陪審員の義務期間は、ロサンゼルス郡で十日間。二十日の州もあり、一日として候補者を増やす方式の地域も多くなっているが、どの方式でも公判を持つと評決まで拘束される。拘束を嫌い、仕事や個人的な理由をあげて陪審員になるのを回避しようとする人も多い。
◆陪審の事実認定
公判は連日開かれ、検察・弁護側が証人尋問を通じて、立証・反論を行う。最後に、裁判官が陪審団に説示し、評議が行われる。評決は、全員一致が原則で、起訴事実について「有罪」か「無罪」だけを答申する。有罪になると、裁判官が量刑を決め、判決を言い渡す。
陪審員の意見が一致しないときは、審理無効となり、新しい陪審員を選び、再審理を行う。事実認定は一審の陪審の判断で決着する。判断には理由が示されないため、控訴審は原則として事実誤認の主張ができず、法律問題しか争えない。
◆陪審制のコスト
陪審員や召喚された候補者の報酬は、九〇年で、連邦が一日四十ドル、州は四―三十ドル。多くの州は十ドル程度だ。しかし、候補者の数が多いので、連邦を含む全米で支払われた額は、年間二億ドルに上るという。また、陪審のために欠勤した従業員について雇い主は賃金カットできないと定めている州もあり、陪審員が生産活動に従事しなかった損失は年間十億ドルとするマスコミの指摘もある。
◆米国の陪審制の特徴
連邦と州を合わせた全米の刑事陪審裁判は、年間約十万件と見られる。刑事事件全体の数%に過ぎないが、これは罪状認否制度(アレインメント)の下で、答弁取引をし、有罪を認めて公判なしに決着する事件が大部分を占めるからだ。
八七年のカリフォルニア州上位裁判所では、被告数で有罪答弁が約93%、陪審裁判が約5%、裁判官裁判が約2%だった。陪審制は時間と金がかかるが、アレインメント制度が公判に進む事件を絞り、陪審制を支えている。
陪審制には、誤判も多い。明らかに有罪とすべき事件が無罪になったり、その逆のケースが起きたりするのは珍しくない。八〇年代の学者の研究では、史上三百十件の冤罪(えんざい)が確認され、一九〇〇年以降の二百五件では、二十一件の死刑事件が含まれていた。陪審の事実認定能力への疑問も指摘されるが、国民から「陪審制廃止」の声は上がらない。フィラデルフィアの日系二世裁判官は「陪審は必ず間違いを犯す。それでも究極において個人の権利を守り民主主義を擁護するという観点からは陪審は何物にも代えがたいという思いがある」と語っている。
米国の陪審制に詳しい法曹関係者は「陪審制は一種の政治制度。事件の真相解明より、手続きの公正さを最大限重視する制度で、多人種国家の米国では陪審制が国民の求心力となっている」と分析する。
一方、日本の刑事訴訟法は、「事案の真相を明らかに」することを目的とする。国民は、無実の人を有罪とすることも、処罰されるべき被告人を無罪とすることも許さない。こういう日本の風土や心情に、刑事裁判への発想がまったく異なる米国型の陪審制が適しているのか。司法制度改革審議会がどういう選択肢を示すのか注目したい。
◇1997年度米連邦地裁の刑事事件処理状況◇
被告人総数 63,148人 (被告人総数への比率)
公訴棄却 6,607 10.5%
有罪答弁・ 51,918 82.2%
不抗争答弁
陪審裁判 無罪 493 5.9%
有罪 3,231
裁判官裁判 無罪 400 1.4%
有罪 499
※不抗争答弁は、起訴事実を争わない意見。有罪答弁とは民事裁判で差がある。(米司法統計で作成)
シンプソン事件 民事裁判でも人種の壁 大もめ陪審員選び
1996/09/29
前夫人殺害事件で無罪となった米フットボール界の元スター、O・J・シンプソン氏が前夫人の両親らに損害賠償を請求されている民事裁判で、陪審員選定をめぐり原告、被告双方の激しい応酬が続いている。シンプソン氏が黒人であることから刑事裁判同様、陪審団の人種構成が評決を大きく左右するとみられるからだ。「世紀の裁判第二幕」(米メディア)は米国の人種問題の根深さを改めて浮き彫りにしている。
民事裁判の陪審員(十二人)選びは十八日からカリフォルニア州サンタモニカ裁判所で開始され、有権者名簿などをもとに無作為抽出された候補の中から原告、被告双方の弁護士と裁判官が、事件への偏見が入る要素がないことを判断基準に陪審団を選んでいく。
ところが、シンプソン氏の裁判はあまりにも有名になり過ぎて、ほとんどの人が事件に何らかの先入観を持っているうえ、人種によって事件に対する受け止め方が大きく異なり、選定作業は難航を極めている。
例えば二十四日には黒人三人、白人二人、アジア系一人の計六人が「適性質問」の結果、除外された。理由は「シンプソン氏を殺人事件の犯人とする証拠には不正があると思う」(若い黒人男性)、「事件について書かれた二冊の本を読みシンプソン氏が有罪だと確信した」(三十代の白人男性)といった意見の持ち主だったからだ。翌二十五日も原告、被告双方の弁護士の「適性質問」で、さらに六人が除外された。
原告、被告双方が陪審員候補のつぶし合いをしているのは、昨年十月にロサンゼルス地裁でシンプソン氏に無罪評決が下された刑事裁判で十二人の陪審員のうち九人が黒人(白人は二人、中南米系一人)だったことが大きく影響している。
人種構成が変わっていれば評決はどうころがったか分からないと思っている人が少なくないからだ。
しかも、今回の民事裁判は白人が六割近くを占めるサンタモニカ地区(黒人は一四%)の住民の中から陪審員が選ばれるだけに、被告のシンプソン氏の弁護士は必死で、黒人女性の陪審員候補を忌避(きひ)した原告側弁護士に「これで黒人の陪審員候補の拒否は連続十人ではないか」とかみつく一幕もあった。
【写真説明】
昨年10月、刑事裁判で無罪評決を受け、ガッツポーズで喜びを表すシンプソン氏(中央)(UPI=共同)
O・J・シンプソン裁判、全米揺るがす世紀の“ショー”--きょう未明に評決発表
1995/10/04
◇人種差別、警察の腐敗、家庭内暴力…社会病理さらけ出し
「世紀の裁判ショー」として全米のマスコミが、そして社会全体がかたずをのんで見つめてきた「O・J・シンプソン裁判」。米スポーツ界の黒人元スーパースターの運命を決定する陪審評決の結果が三日朝(日本時間四日未明)、ロサンゼルス地裁で明らかにされる。事件発生から約一年四カ月、陪審員選定に始まった初公判から一年余。裁判は、人種差別、警察の腐敗、家庭内暴力という米社会の恥部をさらけ出すとともに、「公平な裁きとは、社会正義とは何か」を国民に問いかけた。(ロサンゼルス・田原護立、河野俊史)
●全国民が陪審員
「シンプソン裁判はまるでサーカスの雰囲気だ」。クリントン米大統領は裁判が大詰めを迎えていた九月下旬、連日のテレビ生中継によるフィーバーに懸念を表明した。「すべての刑事裁判は公開されるべきだ」との原則は認めつつも、「法廷のテレビカメラは、脱線や騒動の危険を増加させる」と警告、裁判のショーアップ化にまゆをひそめた。
全国民が「陪審員」になったとさえいわれる。CNNやコート(法廷)テレビを中心とした完全中継は提出された証拠や証言を逐一伝え、本物の陪審員には伏せられた法廷のやりとりまで映し出した。新聞や雑誌の取材・報道もエスカレート。シンプソン被告自らが無実を語る本など、「O・Jもの」の出版も相次いだ。
●名わき役
裁判を指揮した日系三世、ランス・イトー判事は「過熱報道」に再三、雷を落とした。その、イトー判事も地元テレビで、日系人としての自分のルーツや、第二次大戦中、強制収容所に入れられた両親の苦労を語って人々を驚かせた。
人種問題の影が裁判を一段と複雑なものにした。イトー判事の訴訟指揮への関心は今年四月、共和党のダマト上院議員がイトー判事のアクセントをまねながら「彼は世間の注目を浴びるのが好きだ。裁判制度の名誉を汚している」と語った「事件」にも表れた。判事のキャラクターを模して踊りまくる「ダンシング・イトー」なるグループまで登場した。イトー判事自身、知らないうちに「サーカスの重要なわき役」を演じていたのかもしれない。
法廷で、マルシア・クラーク主任検事は陪審員に向かって言った。「(外部のことは気にせず)裁判の証拠だけを見てほしい」。そのクラーク検事自身、別れた夫がマスコミに登場したり、今年のベスト・ドレッサーに選ばれたり。異常ともいえる裁判のショーアップ化だった。
●双方の主張
◇検察側--科学的証拠は膨大
◇弁護団--「でっちあげ」と反論
シンプソン被告が全面否認を貫いたうえ、有力な物証となるナイフとみられる凶器が未発見。検察側は犯行現場と被告の自宅、犯行に使用したとされる車両から収集した血痕を中心とした物証と目撃・アリバイ証言を、モザイクのように再構成し、被告の犯罪の立証を試みた。
とりわけ、被告自宅で押収された靴下や手袋に付着していた被害者の血液(検察主張)、犯行現場に残された被告血液(同)のデオキシリボ核酸(DNA)鑑定の結果は、検察にとって犯行立証の重要な根拠とされた。血なまぐさい現場の血痕は「被告以外のDNAである確率は五百七十億人に一人しか存在しない」というものだった。
だが、こうした科学的証拠に対抗し、一カ月の費用が五十万ドル以上と言われる被告弁護団「ドリーム・チーム」は全く違う切り口から反論した。「だれがどうやって証拠を収集したのか」と。
捜査陣の主力として有力物証を収集したマーク・ファーマン刑事(公判中に退職)が「許し難い人種差別主義者」であることを暴露し、「すべての証拠が収集段階からでっちあげられている、極めて合理的な疑問がある」と主張。ロス市警及び米社会に今なお巣くう人種差別体質を指摘。最終弁論では人種差別主義者のヒトラーを例に「単に被告個人の問題ではない。これで(米憲法が保障する)社会正義の執行といえるのか」と締めくくった。
一方、検察側は膨大な科学的証拠を踏まえ、警察による陰謀との主張をいっしゅうしてから動機に言及。被告がニコールさんと離婚(一九九二年)した理由は「妻に対する家庭内暴力」とし、「前妻に対するしっとと怒りが頂点に達し犯行に及んだ」と、もう一つの米社会問題で切り返した。
●ホテルに隔離
◇評議わずか3時間陪審員の判断は?
検察側と弁護側があらゆる知恵と論理を駆使してそれぞれの主張を「立証」したとしても、有罪か無罪かの最終判断を下したのは一般市民である陪審員。この刑事裁判では黒人九人、白人二人、ヒスパニック一人の計十二人(女性十人、男性二人)。実質審理の二百六十五日間、ホテルに隔離されてきた。二日、わずか三時間たらずの評議で全員一致の評決に達した。
有罪なら弁護側は上級裁判所に控訴できる。しかし、無罪の場合、検察側に控訴権はない。米連邦法は「被告の権利」の保障として陪審員が一度無罪を決定した同一事犯での再審を認めていない。シンプソン被告は即日、自由の身になる。
その陪審員には「検察側の証拠の中に合理的な疑問を挟む余地があれば無罪にすべきだ」との判断規定が示されていた。
検察側が提示した証拠と証言。弁護側が主張した反証と反論。裁判記録は膨大だったのに、なぜ陪審員は三時間で結論を出せたのか。「世紀の評決」は米社会の病理現象に対するひとつの回答となった。
▼事件は…▲
1994年6月13日未明、ロサンゼルスにあるO・J・シンプソン被告(48)の白人の前妻ニコール・ブラウンさん(当時35歳)宅で、ニコールさんとその知人、レストラン従業員ロナルド・ゴールドマンさん(同25歳)の惨殺死体が発見された。
米マスコミは事件報道に塗りつぶされた。無理もない。「O・J」は貧しい環境に育ったが、アメリカンフットボールの名選手として国民的英雄であり、映画にテレビにコマーシャルに登場していた超有名人。自分の力で富と名声を得たアメリカンドリームの体現者だ。
そして、4日後の夕。殺人容疑で逮捕状の出たシンプソン被告を乗せた白い車が、追跡する数十台のパトカーを従えロス市内の高速道路をひた走る。ヘリコプターの追跡リポーターの興奮した声が、全米の茶の間に流された。
事件はそれ以来、全米「トップ・ニュース」の指定席を占め続けてきた。
藤田小女姫さん母子殺害事件 福迫被告の公判始まる
1995/01/24
昨年二月、米ハワイで起きた女性占い師の藤田小女姫(こととめ)さん親子殺害事件で起訴されている福迫雷太被告(二九)=神奈川県出身=の公判が二十三日から、ホノルル地裁で始まった。初公判は現地時間の午前八時半(日本時間二十四日午前三時半)に開廷、直ちに有罪無罪を最終的に評決する陪審員十二人の選定手続きに移り、候補者一人一人について予備尋問が進められた。順調なら二月初めから実質的な審理に入る。
国連本部テロ計画のイスラム過激派裁判 陪審員選び始まる
1995/01/10
ニューヨークの国連本部など四カ所の連続爆弾テロ計画の共謀罪で起訴されているアブデル・ラーマン師(五六)ら十二人のイスラム原理主義者の裁判の陪審員選びが九日、ニューヨーク連邦地裁で始まった。イスラム原理主義への恐怖感が強い米国で、その宗教的指導者であるラーマン氏の言動を裁く側面も持つ今回の裁判は、思想信条の自由とも微妙にかかわる可能性があることから、陪審員選びも異例の規模となり、選定の対象となる候補者は最終的に千人を超えると予想されている。
陪審員選びは九日朝から始まり、陪審員十二人と補欠要員六人の計十八人が確定するまで続けられる。この日は陪審員の候補百人に対し、裁判官が起訴の概要などを説明したあと、「テロ計画の対象にされた施設を利用している親類や友人がいるか」「宗教的な理由で暴力を受けたことがあるか」など五十三問の質問への回答を求めた。
選定作業はまず、十一日までに計三百人の陪審員候補者に同様の質問を行い、被告に偏見を持ったり事件と利害関係がある可能性のある人などを排除して八十人にしぼる。さらにこの八十人に裁判官と検察、弁護側が面接を行い、不適格者を排除する手続きを取る。この結果、必要な十八人が確保できなければ、新たな三百人の候補者を対象に同様の作業を続けることになる。
盲目のイスラム原理主義指導者として知られるラーマン師は、九三年二月のニューヨーク貿易センター爆破事件や同年夏に発覚した国連本部などの爆弾テロ計画の黒幕的存在とみられ、他のイスラム原理主義者十一人とともに爆弾テロ計画などの共謀容疑で起訴された。
今回の裁判は未遂の爆弾テロ計画に対するもので、特にラーマン師については具体的に計画を指導していたのか、それとも精神的支柱にとどまるものだったのか微妙な面があるところから、著名な人権派弁護士で構成される弁護側は合衆国憲法に保障された思想信条の自由を前面に打ち出してラーマン師の無罪を求める構えを見せている。
米国では、有罪か無罪かを決定する陪審員の構成が裁判の結果を大きく左右する可能性があるため、陪審員選びは検察側、弁護側双方に大きな意味を持っている。特に今回は、イスラム原理主義者を裁くという思想信条にも深くかかわる裁判になる可能性があるだけに、だれが適格者なのかは非常に微妙。陪審員十二人、補欠六人が確定するのに一週間はかかり、この間に選考の対象にされる候補者は千人を超えるとみられている。
女性だけの陪審員は不公平 アラバマ州の裁判
1994/04/21
女性ばかり十二人の陪審員から、四歳の男児の父親に認定された男性が「不公平な陪審員の構成に基づく決定だ」と米連邦最高裁に訴えていた裁判で同最高裁は十九日、「性別で陪審員を排除するのは憲法違反」との決定を下し、アラバマ州地裁に裁判やり直しを命じた。
訴えていたのはアラバマ州のジェームス・ボウマン氏で、訴状には米司法省と十七の女性の権利や公民権擁護団体からの支援の書類が添付されていた。
ボウマン氏は八八年八月にモテルで五日間、一緒に過ごした女性から男児の父親として養育費を払うよう求められていた。血液鑑定の結果は九九・九二%の確率でボウマン氏が男の子の父親だったが、ボウマン氏は女性を妊娠させたことを否定していた。
アラバマ州地裁の裁判では、まず女性二十四人と男性十二人の陪審員候補の中から、十二人の陪審員の選定交渉が行われ、女性一人と男性二人が裁判官から不適格とされたあと、母親側の弁護士が男性九人と女性一人を排除した。一方、ボウマン氏の弁護士は女性十人と男性一人を候補者から排除して、女性ばかり十二人の陪審員がボウマン氏を父親と認定した。
この日の決定で最高裁は陪審員が女性だけで構成されていることについて、男は男に有利な投票をし、女は女に有利な投票をするという古い固定化した男女の役割意識に基づいて候補者を排除した結果であると批判し、性別を理由に陪審員の候補者を排除していくことを禁じる判断を示した。
女性団体がボウマン氏の訴えを支援してきたのは、女性ばかりの陪審員が認められれば、逆に例えばレイプ裁判で陪審員がすべて男性というケースも認めなければならないとの考え方からだという。
「悲劇」裁いた「心理劇」 役者の弁護士、舞台に上がれぬ父--服部君射殺陪審裁判
1993/05/27
ベテラン個性派役者の、一世一代ともいえる舞台であった。「観客」はわずか十二人。叫び、ささやき、笑い、泣き、怒り、謝罪し、にらみ、目を閉じ……その一挙手一投足と絶妙なせりふのすべてが終わって舞台の幕が下りた時、陪審員という名の「観客」は心を決めていた――無罪。以下は、米ルイジアナ州バトンルージュで行われた七日間の服部剛丈(よしひろ)君射殺事件公判の傍聴記である。(バトンルージュで、田原護立)
◇体当たりで無罪を主張
ミシシッピ川を見下ろすバトンルージュ郡地裁ビル。六階602号法廷の傍聴席は五月十七日朝(現地時間)、日米報道陣、「マンスローター」(計画性のない殺人罪)に問われたロドニー・ピアーズ被告(31)の家族・友人、被害者剛丈君の父政一さん(46)と剛丈君のホームステイ先の家族・友人らで満席だった。
陪審員の選定段階から、これほど注目を集めた裁判は地元でもまれである。「刑事裁判の場合、陪審員の選定が終わった段階で公判の半分が終わっているのが現実」(スティーブ・アーウィン地元弁護士)。被告弁護士は心理学者を助手席に座らせた。
「(陪審員の)皆さんと質疑応答ができるのは今だけなのです。何でも聞いて下さい」。ダグ・モロー主任検事は、起訴罪状を説明しながら、難解な法解釈をかみくだくように語りかける。
「問われているのは被告の人間性と経歴ではない。被告の行為なのです。私個人としては被告を気の毒に思っている。でも、決して忘れないで下さい……素晴らしい少年だったヨシ(剛丈君)が死んだという事実を……」。天井を見つめ、静かに席に戻る。
ルイス・アングルスビー被告弁護士が被告の肩に手を置いてつぶやく。「皆さんが裁くのは、この若者です。家族に愛され、友人に信頼される善良な市民。そのことを忘れないで」
と、突然、両手を肩付近で広げ、陪審員席の前をだっと走った。「こんな格好で、もしあなたの目の前に男が迫ったら、どうしますか?」。声を張り上げ、陪審員席に上半身を突き出し、目を見つめる。
「これは、悲劇です。犯罪ではないのです」。独り言のようにつぶやく。
◇多分、私が撃ったのだ
公判は二十日夕(同)のウェッブ・ヘイメーカー君(17)=ホームステイ先の長男=の証言から一気に核心に突入。二十二日(同)の被告夫妻証言で証人喚問は終了した。
ウェッブ君証言(二十日午後四時四十八分から)
ぼくがベルを押した。裏口(射殺現場のカーポートドア)から女性(被告夫人)がのぞいた。すぐに、ドアが閉まった。歩道まで出たらドアがまた開いた。ヨシがドアに向かった。男が銃を持っているのが見えたので、ヨシに「戻れ!」と言った。男が一回だけ「フリーズ」と叫んだ。その直後、撃たれた。ヨシが倒れた後、ドアが閉まり、だれも出て来なかった。
ピアーズ被告証言(二十二日午前十一時三十五分から)
妻がドアをバタンと閉めた。「銃を持って来て」と叫んだ。寝室の棚のケースから銃を取り出した。窓から外を見たが異状はなかった。裏口を開けると、若い男が左手に何かを持って、急速に近づいて来た。「フリーズ」「ストップ」と言ったが止まらなかった。心の中で、なぜ止まらないんだと恐怖を感じた。男は笑っているようだった。死ぬほど怖かった。引き金を意識して引いたかも……。多分、私が撃ったのだ(涙声)。
ボニー被告夫人証言(同午後四時三十五分から)
ドアを開けると、頭と首に白いものを巻いた男性(ウェッブ君)の後ろから、見たこともない格好の少年が飛び出して来た。恐怖でドアを閉めて「銃を持って来て」と言った。夫の後ろに立って見ると、アジア系の少年が笑いながら走ってきた。ほんの数秒だった。「なぜ、止まらないの」と怖かった。すぐに警察に連絡した。なぜ(発砲の前の警察通報を)考えつかなかったのか、今も分からない(涙をハンカチでぬぐう)。
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証言者は延べ三十二人。この間、弁護側は証言と意見を巧みに合体させ「主観的観測」をあたかも事実のように語り、検察側はその都度、異議を申し立てた。一日に数回は、陪審員を退席させて判事、検事、弁護士がけんか腰で論争。激怒した判事が席をける場面も。
弁護側はしばしばルールを破る。警備訓練の専門家を証言台に立たせ、自分で銃を持ち「もし、一・五メートルの距離で銃を突き付けられたら」と質問した。その瞬間、証人は体術を使い弁護士の銃を奪い取った。
「二度とこんな演技は見たくない」。判事は怒声を発したが、陪審員が受けた印象は消しようがない。「もし、ヨシが賊だったらこうなるのだ」と弁護士。
◇ルイジアナこれが常識
そして、二十三日朝(同)の最終弁論。「原因はヨシにあった」と繰り返し訴えるアングルスビー弁護士。そのたびに、傍聴席の父政一さんは身をこわばらせ、首を振るが傍聴者は舞台に上がれない。
「最悪の偶然が重なった百万分の一回の悲劇なのだ。彼の罪を問えるのか」。同日夕、十二人の陪審員は三時間余の審理の後、全員一致で無罪を評決した。
ある陪審員の証言
《審理を始める前に採決を取ったら全員無罪だった。改めて証拠を論議し三時間後に採決したら、やはり全員無罪だった》
被告弁護側は日本のような判事裁判か陪審員裁判かのどちらかを選択できる。被告が無罪判決を勝ち取る確率は、一日の報酬八ドルで市民義務を課せられ民主司法システムを支える陪審員裁判の方が高い。これがルイジアナ州刑事裁判の常識なのである。
弁護側「銃規制、争点にならぬ」――米国・日本人交換留学生射殺事件
1993/05/18
十七日午前(日本時間十八日未明)、米ルイジアナ州バトンルージュ郡地裁で始まった日本人交換留学生、服部剛丈(よしひろ)君(当時十六歳、愛知県立旭丘高校二年)射殺事件のロドニー・ピアーズ被告(31)に対する公判は、まず陪審員の選定を行った。検察側は起訴罪状である「マンスローター(計画性のない殺人罪)」という犯罪の法的構成要件について「ルイジアナ州法では殺人罪の一つの形態であり、殺意とかその他の犯罪(強盗など)目的を伴わない、計画性のない殺人である」と陪審員候補に説明した。
一方、弁護側は殺害の事実関係を争う意図は全くなく「私有地内(自宅)では、不意の侵入者に対する行為は米国社会通念として自己防衛と規定されている」と強調した。休廷中に記者会見に応じたアングルスビー弁護士は「裁判は銃規制という社会問題は争点にならない」と明らかにした。
また、同弁護士は今回の法廷でピアーズ被告自身が証人として証言台に立つことを明らかにした。
十二人の陪審員選定は十九日にも終わり、実質審理を経て早ければ週内に評決が出る可能性もある。
「計画性のない殺人罪」巡り、自己防衛と反論--服部君射殺公判で被告側
1993/05/18
十七日午前(日本時間十八日未明)、米ルイジアナ州バトンルージュ郡地裁で始まった日本人交換留学生、服部剛丈よしひろ君(当時十六歳、愛知県立旭丘高校二年)射殺事件のロドニー・ピアーズ被告(31)に対する公判は、まず陪審員の選定を行った。検察側は起訴罪状である「マンスローター(計画性のない殺人罪)」という犯罪の法的構成要件について「ルイジアナ州法では殺人罪の一つの形態であり、殺意とかその他の犯罪(強盗など)目的を伴わない、計画性のない殺人である」と陪審員候補に説明した。
一方、弁護側は殺害の事実関係を争う意図は全くなく「私有地内(自宅)では、不意の侵入者に対する行為は米社会通念として自己防衛と規定されている」と強調した。
休廷中に記者会見に応じたアングルスビー弁護士は「バイオレント・ソサエティー(暴力的社会)が現実である米国では、被告と同じ状況に置かれれば国民の大半が同じ行為をするだろう。これがマンスローターになるとしたら、アメリカ(社会)を非武装化するか法律(けん銃所持)を変えなければならず、これは立法府の問題だ」と述べた。
また、同弁護士は今回の法廷でピアーズ被告自身が証人として証言台に立つことを明らかにした。刑事裁判で、検察側の反対尋問も受ける証言台に被告本人が立つことは異例であり、ピアーズ被告が起訴されたこと自体に対する弁護側の反発を物語っている。
十二人の陪審員選定は十九日にも終わり、実質審理を経て早ければ週内に評決が出る可能性もある。
◆米国の陪審裁判
有罪・無罪を決定する権限を持つのは陪審員だけ。陪審員候補者を地域の有権者の中から無作為抽出し、事件や訴訟当事者を知っている候補者、事件について予断や偏見のある候補者を除いて十二人を選定する。冒頭陳述、証人尋問、最終弁論の後、裁判官が陪審員に対し、事件に適用すべき法律や証拠判断上の原則を説明して評議へ。評議は密室で行われ、陪審員以外は入室できない。評決は全員一致が原則だが、ルイジアナ州では拘禁罪(マンスローターはこれに含まれる)は六分の五人以上の多数同意で成立する。評決が無罪なら被告は釈放され、検察官は上訴できない。有罪の場合は、裁判官が後日、量刑を言い渡す。
キング裁判始まる ロス連邦地裁
1993/02/04
昨春ロス暴動の引き金となった「ロドニー・キング事件」を審理する公民権侵害裁判が三日、ロサンゼルス連邦裁判所で始まった。陪審員選定をめぐって、かなり難航するとみられる。この日は陪審員の候補者約三百五十人に質問票が配られ、この中から十二人の陪審員を選ぶ作業に入った。検察官と弁護人は一週間かけて質問票を検討し、十日に予定されている次回の会合までに候補者の適格について判断する。
ジョン・デービス判事によると、外部からの影響を排除するため、陪審員の候補者の質問票に対する回答や身分などについては一切、秘密にされる。
審理されるのは九一年三月、ロスの高速道路でキング氏が白人警官四人に暴行を受けた事件で、カリフォルニア州の上級陪審裁判で無罪評決が下され、死者五十二人を出す暴動事件に発展した。ブッシュ前大統領は事態沈静化のため、再審理を約束していた。
良くも悪くも市民主義、米陪審裁判の素顔――ロス暴動に発展
1992/05/24
ロサンゼルス暴動のきっかけとなった「ロドニー・キング事件」、元ボクシング世界チャンピオン、マイク・タイソンを刑務所に送り込んだ「レイプ裁判」そして「ハネウエルとミノルタカメラの特許訴訟」――。一見何のつながりもない三つの事件に、実は共通項がある。いずれも舞台が陪審裁判だったことである。陪審はプロの裁判官ではなく、一般市民があらゆる犯罪、紛争を裁く。「市民参加の公正なシステム」と称賛されながら、一方で陪審制度の欠陥を指摘する声も強い。米国の民主主義を根底で支えてきた陪審とは何なのだろうか。
ロサンゼルス=矢作 弘記者 ニューヨーク=野村裕知記者
「ほかの陪審員に、ビデオを繰り返し見るよう頼みました。しかし返ってきたのは『またかね』という嘲笑(ちょうしょう)だけでした」
「ロドニー・キング事件」の陪審員V・ロヤさんは、ロス暴動の直後、陪審の審議に対する不満をぶちまけた。十二人の陪審員のうち、黒人はゼロ。マイノリティー(少数民族)出身は二人だけだった。ヒスパニック(スペイン語を母国語とする中南米系の人々)のロヤさんは「陪審室に入る前に、だれもが心の中で(無罪という)評決を出していた」と語る。
交通違反をした黒人青年キング氏を白人警官四人が殴打した「キング事件」の裁判は、まずロサンゼルス郡地方裁判所で始まった。警官側の弁護団が最初に打ち出した作戦が「裁判の場所の変更」。事件にかかわった警官はロサンゼルス市警察本部の所属。地元では市警本部長の更迭論が高まっていた。「こんな雰囲気の中で冷静な裁判は期待できない」。弁護団はこう主張した。
裁判所は弁護団の主張を認めた。検察側はロサンゼルス郡と人種構成の似たアラメダ郡を希望したが、弁護側は白人居住の多いベンチェラ郡を主張した。裁判所はロサンゼルスから通う交通の便の良さを理由にベンチェラ郡を選んだ。
ベンチェラ郡は新興住宅地だが、政治的には保守的。大都市と違って地域住民が警官に厚い信頼を寄せている。しかも、住民に占める黒人の比率は二%。事件担当のホワイト検事は「あの時にこの裁判は負けると思った」と述懐している。
陪審は米国主義の原点といえる制度だが、一方で情緒に流れ、評決が陪審員の人種構成などに左右されやすい。このため裁判の場所、陪審員の選定が裁判の帰すうを決してしまうと指摘されてきた。
キング事件では、まず選挙人登録名簿から四百人の陪審員候補を無作為抽出した。黒人は六人いたが、十二人の陪審員の中に残れなかった。選定手続きによれば、利害当事者や偏見の持ち主は、判事あるいは検事、弁護士が陪審員から排除する仕組みになっている。ある黒人女性は「警察官に憎悪を感じる」と答え、排除された。
検察側は今回、陪審員候補全員を「適格」から「不適格」まで五段階にランク付けしていたが、ホワイト検事は「最後に残った十二人の中に、われわれの目から見た適格者は一人もいなかった」と語っている。
この事件では、キング氏が警官に殴打される場面をアマチュア写真家がたまたまビデオにとっていた。ビデオでは八十一秒、五十六回にわたって警官が殴るけるの暴行を繰り返した。
陪審員は法廷で三十回以上、スローモーションビデオを見せられたが、そのつど弁護団は「ほら、警官が手心を加えているでしょう」と指摘した。
結審後、陪審員だけの協議は七日、三十二時間に及んだ。審議中、陪審員はホテルにカンヅメになる。テレビ、新聞は禁止。外部との接触を絶つためだった。
今回の陪審の奇妙な点は、当事者のキング氏が出廷しなかったことだ。検事側が「ビデオがすべてを物語っている」と判断したというが、キング氏は事件直後に「酒酔い運転の事実はない」と虚偽の証言をしていた。このため陪審の心証を考え、証人として呼ぶのを控えたともいわれる。
ブッシュ大統領は暴動の直後、司法省に裁判の調査を指示した。いまなお今回の評決への非難は強く、陪審員の自宅には脅迫電話が続いている。しかし陪審制度そのものを批判、否定する声は、黒人社会からもあがっていない。
連邦地裁の裁判官に占める黒人の比率は五・二%。被告の黒人を白人の裁判官が裁くという構図は定着しており、ウォールストリート・ジャーナル紙は「陪審の方が、まだ人種の多様性を反映している」と指摘している。
米国トヨタ、製造物責任訴訟に苦慮――裁判のやり直し求める(レーダー)
1989/12/16
米国トヨタが、米国の製造物責任(PL)訴訟の波に巻き込まれた。十四日、ヒューストン地裁陪審がトヨタに下した総額四千三百二十万ドル(約六十億円)の損害賠償評決は、同社にとって過去最高額だ。驚いたトヨタは「全く根拠のない、不当な評決だ」(D・ウエスト米国トヨタ副社長)として裁判のやり直しを求める手続きをとった。
発端は七年も前の八二年九月、ヒューストン市内で起きた自動車事故。二家族計七人が、七三年型トヨタ「カローラ」ステーションワゴンに乗って走行中、背後から制限速度を六十キロ以上オーバーした大型バンが追突、ワゴン車の後部座席までメリ込んだ。漏れたガソリンが引火して炎上、五人が死亡した。
このうち夫と幼い娘二人を失った女性(36)が八四年、地元ヒューストン地裁に米国トヨタを相手取ってPL訴訟を起こした。言い分は「追突された際、後部座席まで損傷し、ガソリンが漏れたのは構造上・設計上のミスがあったからだ」との理由だった。
訴状は受理されてから五年間タナざらしにされ、先月初めにようやく陪審員を選定して公判が始まった。トヨタは六週間の審理の中で設計上、構造上の欠陥のないことを立証したが、今月十一日から三日がかりで陪審員十二人が協議して出した評決は「トヨタ有罪」。内訳は十人が有罪、二人が無罪の多数決だった。死亡した家族三人の“生命の値段”もほぼ未亡人の主張が全面的に認められ、一人当たり千四百四十万ドル(約二十億円)に計算された。
米国では米国トヨタに限らずどの自動車メーカーも常時数百件単位でPL訴訟を抱えている。このため本田技研工業はホンダ・ノース・アメリカ(カリフォルニア州)に十人の社内弁護士を置き、四輪車、二輪車、汎用エンジンの製品別にPL訴訟に対応、必要に応じて社外弁護士の支援も仰ぐなど、法規部門を拡充している。
自動車にかかわるPL訴訟では、十年前にフォードが車両火災で一億二千万ドルの支払い請求を受けたケースがある。トヨタの場合は通常、十万―百万ドル前後の支払いで決着することが多く、今回のような四千万ドルという数字はケタ外れだ。
米国で最近、日本企業がPL訴訟の被告に立たされるケースが増えている。日本企業は支払い能力の大きい、いわゆる“ディープポケット”であり、しかも裁判を嫌って和解に持ち込もうとする傾向が強く、訴える方には示談金がとりやすい相手――というのが背景だ。
米国トヨタは、「不当な要求は断固はねつける」と反発しているが、やっかいな裁判に巻き込まれてウンザリしているのは事実で、他の日本メーカーも事の成り行きに注目している。 (ロサンゼルス=勝又記者)
菊村を起訴 ビザ不正使用など
1988/04/23,
米ニュージャージー州ニューアークの連邦地裁・大陪審は二十二日昼前(日本時間二十三日未明)、さる十二日消火器爆弾の不法所持等で現行犯逮捕された菊村憂(35)を、ビザ不正使用と爆発物不法所持で正式に起訴した。
ビザ不正使用は、菊村が変造日本旅券で米国への入国ビザを取得、使用したこと、また爆発物不法所持は三本の消火器爆弾を所持していたことで、有罪が確定すれば最高十五年の懲役、二十五万ドルの罰金が科せられる。
この日の起訴を受け、同地裁は十二人の陪審員の選定を行い、初公判は一、二か月後に開かれる見通し。
IBM産業スパイ事件、米国側では陪審員が「起訴か否か」まず判断。
1982/06/25
IBM産業スパイ事件で米連邦捜査局(FBI)に逮捕、二十三日に保釈された日立製作所関係者は日本時間で二十五日未明から、サンノゼ(カリフォルニア州)の治安裁判所で意見陳述することになり、事件の真相究明の舞台は法廷に移る。「スパイ行為か、ワナか」をめぐって日本人ビジネスマンが裁かれる米国の裁判所のシステムを探ってみると――。
米国では連邦裁判所と州、地方自治体裁判所が併存している。州法下の民事、刑事事件は州レベルの裁判所の管轄だが、IBM事件は連邦地方検事局の指揮のもとにFBIが直接関与し、連邦法の盗品転送、受領に関する法律が適用されたこともあり、舞台はすべて連邦レベルのものになる。
初審を担当するのは全米九十四の連邦地裁だが、今回の事件を扱うのはサンノゼ市にある米カリフォルニア州北部地区連邦地裁。
FBIは内偵を重ねた末、マジストレートと呼ばれる地方在住の治安裁判官に対し、犯罪の成立要件を細かく報告(FBI捜査官の宣誓供述書)するとともに逮捕令状を請求した。
令状を取って逮捕したあと、供述調書を作成、検事が起訴に持ち込むことが日本のやり方だが、米国では改めて一般民間人からなる陪審員に起訴するかどうかの判断を求めることになる。この段階は起訴大陪審と呼ばれるもの。もともと陪審制度は直接民主主義の発想にもとづいており、世界でも制度として残っている例は珍しい。
さらにわが国と違うのは保釈制度。米国の刑事訴訟手続きによれば、保釈金(きわめて高い)をつめば起訴前に保釈されるという制度があり、今回も身柄拘束のあとすぐに保釈金二十万―二十五万ドルで保釈された。
保釈された日立関係者五人が二十五日、治安裁判所で意見陳述をしたあと、七月一日には同じサンノゼにある連邦地裁で大陪審が開かれるが、この段階で関与する関係者は連邦地方検事と二十三人からなる陪審員。陪審員の過半数が犯罪を確認すれば起訴となる。いわば予審で、裁判には関係しない。「起訴便宜主義」の立場から検察官に起訴、不起訴の判断をゆだねている日本と大きな違いだ。
ここで起訴が決まって、初めて被疑者は弁護士の選定が可能になる。この過程では被疑事実の認定などを経て、法的にどのような量刑が適当かといった話し合いが検事と担当弁護士との間で行われる。裁判官を外した形で良心に照らし、法に照らした判断材料を出し合う。
公判が開かれたあとは、結論が出るまでの期間はきわめて短い。本件の場合、サンノゼの連邦地裁で検事側、弁護側がそれぞれの主張を小陪審員(起訴するかどうかの大陪審員とは別、通常十二人)の前で述べ合い、有罪か無罪かの判断を求める。有罪と決まると検事側は求刑内容を明らかにする。今回のケースでは最高で十年の禁固、罰金一万ドルの量刑が科されることになる。
こうして判決が出た場合、被告が不満であれば控訴裁判所に上訴する道が残っている。